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		<title>昼あんどんの急ぎ足</title>
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		<description>大岡玲のブログ</description>
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		<item rdf:about="http://www.a-ooka.jp/index.php?eid=20"><link>http://www.a-ooka.jp/index.php?eid=20</link><title>「時機」を逃してはならない</title><description>東京では、桜が満開をむかえている。家の近所に桜並木があって、そこは古木が多いせいもあって、花散らしの風が吹いた昨日は、もうハラハラと散りはじめていた。そして、そのアーチの下を通る人々の表情は、どこか「ほわっ」とした雰囲気に感じられ、こちらの気分も一瞬ほんのり温かくなる。だが、温かくなった途端、冷や水を浴びせられるような感覚にも襲われる。去年から否応なく身についてしまった、ある種因果な反応だ。そんな風に「ほわっ」と温かくなったりして、本当にいいのか？　大丈夫なのか？　という、ほとんど反射的な恐怖感</description><content:encoded><![CDATA[東京では、桜が満開をむかえている。家の近所に桜並木があって、そこは古木が多いせいもあって、花散らしの風が吹いた昨日は、もうハラハラと散りはじめていた。そして、そのアーチの下を通る人々の表情は、どこか「ほわっ」とした雰囲気に感じられ、こちらの気分も一瞬ほんのり温かくなる。<br />だが、温かくなった途端、冷や水を浴びせられるような感覚にも襲われる。去年から否応なく身についてしまった、ある種因果な反応だ。そんな風に「ほわっ」と温かくなったりして、本当にいいのか？　大丈夫なのか？　という、ほとんど反射的な恐怖感・警戒感。<br /><br />去年の同じ頃、花見を自粛する風潮がそこここであったのを思い出す。ごく普通の「悼む」感覚から考えるなら、そういう動きがあったことにはなんの不思議もない。3・11の大震災からわずかひと月足らずの時点で、いくら桜が美しく咲いたからといって、その下で酒を飲んで騒ぐなどということが許される、という風にはなかなか考えられないのは、人の心持ちとしてごく当たり前の話である。ただ、そうした感覚が他人のふるまいへの「<b>規制</b>」として働く風潮があったのは、あまり気持ちのいいものではなかったのも事実だ。<br /><br />今年は、もちろん、そういう風潮は見受けられない。陽気に楽しく酒を酌み交わし、見事に咲いた桜色の雲の下でくつろぐ人々の輪が、公園のそこここに広がっている。<br />だが、そうした人々をじっと眺めていると、やはりほとんど反射的に、あの人たちは、ほんとうに心底楽しめているのだろうか、という風な埒もない想念が浮かんできてしまう。そう感じてしまうのは、単に私の僻目にすぎないとわかっていながらも、思いを押しとどめることができないのだ。<br /><br />４月に入ってから（いや、それ以前からそうなのだが）、毎日がエイプリルフールであるような気がして仕方ないのである。それも、楽しいエイプリルフールではなくて、悪夢のようなそれ……。<br /><br />たとえば、東京電力が４月１日に、大口契約者向けの電気料金を１７%引き上げたことなどは、その典型だろう。いや、ほんとうに冗談なのかと思った。少々下品な表現だが、「<b>やらずボッタクリ</b>」という言葉をまず思い浮かべたほどだ。<br />そのほかにも、大飯原発の再稼働をめぐる一部財界に後押しをされた政府の見苦しい対応や、被災地の意向などほとんど反映されていないと思える瓦礫処理に関する全国拡散方針など、ニュースを眺めたとたん、それ以降の一日がすべて台無しになるような気分にさせてくれる悪い冗談が、毎日きちょうめんに配達される。桜の美しさをもってしても、その落ち込みは、どうも解消されない。<br /><br />原発をどうしても動かしたいので、安全基準をゆるめにしますが、よろしくお願いします、というのは、いったいどういうたぐいの冗談であるのだろう。急行や特急がしじゅう行き来する踏切で、遮断機が壊れうまく下りなくなった。しかし、そこは通行量が多いのでふさぐわけにもいかない。しかたがないので、列車の合間を見はからって、各人必死で横断してください。という風な想像をしてみたが、地元の了承を得る必要は必ずしもない、という官房長官の発言が飛びだすに及んでは、<b>オーイ、原発のジョーダンすご過ぎです</b>、ワタシなんぞの比喩的想像力なんて、現実にはるかに及びません、と平伏するしかなくなる。<br /><br />枝野経産大臣も、何度となく迷走発言をしたあげく、野田、細野、藤村、そして枝野氏自身を含めた四閣僚が、再稼働についてなんらかの問題が生じた時には、全面的に責任を負うという大見得を切った。なるほど、これまでもいろいろと大見得を切ってきた人であるから、そういう態度で悪い冗談を押し切ろうとするのも理解できなくはない。<br />しかし、いざという時に「<b>責任</b>」をとるとはいったいいかなる形・方法で達成されるというのだろうか？　福島第一原発について、どのような責任がとられた、もしくはとられつつあるというのだろうか？<br /><br />「責任を負う」というのを、もう少し生々しい言い方に変換するなら「責めを負う」ということになるだろう。そして、それをさらに刑罰的な方向にパラフレーズするなら、「罰を受ける」という表現になるはずだ。枝野氏は、あんな巨大な惨事に対峙して、どのような罰を自分が受ければ「責めを負う」ことになると想像しているのだろうか。<br />大見得にも、決して切ってはいけない範疇のものがあるのだ、ということを、枝野氏がいずれ学ぶ機会を持つことができればいいのだが。<br /><br />「罰」ということでいえば、3・11直後に物議をかもした石原都知事の「天罰発言」があった。その発言にからめて、私は当時連載していた文章（昨年十月に上梓した『本に訊け！』所収の「天道是か非か」）の中に以下のようなことを記した。<br /><br />「天罰発言」は「被災した人たちにとって、きわめて不当な言い方だということに加えて、本来なら罰を受けてしかるべき人たちに、充分な『天罰』が下っていないではないか、という感情が生じてくる可能性があるからだ。それはきわめて不穏な情念であり、しかもそういう感情が生まれるとすれば、ほぼ間違いなく被災者ではない誰かの中に芽生えるはずで、それはまことに不穏であるというほかない。」<br /><br />いささかもってまわった書き方だが、端的に言えば、ひとつにはテロ行為の可能性を「不穏」と表現していたのである。だが、さらに私が不安に感じていたのは、それこそ陰惨な思いをたぎらせた者が、「責めを負う」立場の人間ではなく、自分より弱い立場の誰か、まるで関係ない無辜の人々を傷つけるといった事態が頻発することだった。とりわけ、直接の被災者ではない人間から大震災のショックが徐々に薄れていく時期に、そういうことが起こりはじめるのではないか、と危惧していたのである。<br /><br />一年とひと月がたった今、私の心配は杞憂だったような気もしているが、同時に、いやいや、そうではない、これからむしろそうなる可能性が高いのではないか、とささやく内心の声が消えたわけではない。<br />そして、そんな風に「不穏」について考えをめぐらせていくと、自然と昭和初期の歴史に意識がふりむけられていってしまう。とりわけ、大震災以来、いくつかのメディアで何度か言及されていた2・26事件に。<br /><br />あの頃も、というと、まるで見知っているようだからおかしな言い方になってしまうが、東北地方は何度となく災厄に見舞われていた。第一次世界大戦がもたらした戦争景気は、1923年の関東大震災の打撃などもあって崩壊し、さらに昭和4（1929）年に起こった世界恐慌によってとどめを刺され、対米輸出の中心だった生糸価格は暴落し、他の農作物価格も下落する。そうした不景気が下地にある中で、昭和6(1931)年から7，9，10年と続けさまに東北を襲ったのが大冷害だった。それに加えて昭和8年には三陸大津波の被害もあったのだから、かの地がこうむった傷の深さ・大きさは、想像のほかというしかない。<br />こうした状況と並行して、というか、そうした悲惨を<b>ある種の「根拠」</b>にしつつ、血盟団事件、5・15事件、そして2・26事件などが引き起こされていき、結果的には軍部の権限が増大して、日本は泥沼のごとき15年戦争を敗戦へむけてひた走っていくことになったわけだ。<br /><br />ある種の根拠、という風にここで書いたのは、たとえば、2・26事件で決起した青年将校たちは、冷害と飢饉に見舞われている東北出身の兵隊たちを多く部隊の傘下に抱えていて、彼らの故郷の窮状に同情心を持っていたという言説があったりすることを念頭においている。そうした被害に対してなんら有効な手立てをとらない政府関係者や財界人の「<b>腐敗</b>」を糾弾し、軍部主導による国家改造、すなわち昭和維新を断行する……。<br /><br />松本清張は 、『昭和史発掘』で、以下のようなことを書き記している。<br />「農村の疲弊は、慢性的に続いていた農業恐慌の上に、更に昭和６年と昭和９ 年に大凶作があって深刻化した。農家は蓄えの米を食い尽くし、欠食児童が増加し、娘の身売りがあいついだ。農村出身の兵と接触する青年将校が、兵の家庭の貧窮や村の飢饉を知るに及んで軍隊の危機を感じたというのはこれまでくどいくらい書いてきた。 <br />そして青年将校らは考えた。結局独占資本的な財閥が私利私欲を追求するために、こうした社会的な欠陥を招いたとし、それは政党がこれらの財閥の援助をうけて庇護し、日本の国防を危うくする政策を行っているからだとの結論に達した。」<br /><br />2・26事件の深層がどうであるかについては、軍内部の対立や軋轢をはじめとして、さまざまな説明がありうるだろう。単に、東北を中心とする農村社会の困窮のみをもって青年将校たちが決起したと考えるのは、単純にすぎるかもしれない。<br />しかし、時の権力者たちが、悲惨な状態にあえぐ人々に真摯に向き合っていないという感情だけは、まちがいなく士官たちに共有されていたはずだ。そして、世間一般の多くの人々にも。<br /><br />「<b>真摯に向き合う</b>」というのは、おそらく人間の行為の中でも、もっともむずかしい部類に入るものではないか、という気がしている。相手の立場に立って、とか、思いやりをもって、とか、その他さまざま似通った表現で、私たちはそうした行為の必要性と重要さについて言及する。だが、それは言うまでもなく、それがきわめて為されがたいことであるからこその、再三再四の「<b>要請</b>」であるのだ。<br />これが、国家とか政府といったレベルで向き合わねばならないということになれば、その困難はどれほどのものであるか、その質量を思い浮かべることすらむずかしい。さまざまな感情をかかえ困窮し、利害という点でも統一が容易ではない多くの人々に向けて、政治家だから、権力者だから「向き合え」というのは、ある意味では酷なのかもしれない。<br /><br />また、向き合おうが向き合うまいが、それが歴史だという達観もありうる。昭和初期の政治判断におけるミスや遅滞が、太平洋戦争の惨禍の一因を形作っているのだとしても、それは歴史の流れであり、その敗戦の上に現在の日本が構築されている以上、「人間万事塞翁が馬」であるのだといったような言い方も、あるいは可能なのかもしれない。<br />しかし、私たちは今現在を生きている以上、それはやがて「歴史」になるものであったとしても、現時点では厳然と「暮らし」なのだ。とすれば、やはり、どうあっても国家を動かしている人々には、きちんとこまやかに「向き合って」もらわなければならない。<br /><br />3・11から13か月が過ぎた今、時機はもう切迫していると感じる。昭和初期の政治家たちが、ぐずぐずとやり過ごしてしまった期間は数年余。せめて5・15事件の直後くらいになんとかしていれば……というような想念は、そのまま現在への思いに重なる。<br /><br />昭和維新とは、軍部がいわゆる「果断」な政治を行いうるという幻想に基づくものだった。今もまた、迷走を続け悪い冗談を連発する政府要人に対して、もっと果断な人物が登場して彼らを一掃してくれればいいのに、といった気分が盛りあがってきている気がする。<br /><br />だが、私は「果断」な人物が権力をにぎることを望んではいない。野田首相は、「不退転の決意」を表明した際、ナチスに徹底抗戦をするチャーチルの決意の言葉を引用してみずからの所信の杖にしたが、たしかにチャーチルは果断な人物だった。これは真偽不明かつ有名な話ではあるが、ドイツ軍の暗号エニグマを解読した事実を知られないために、彼はイギリス中西部の都市コヴェントリーに空襲が計画されていることを隠しとおした。結果、多くの犠牲者が出た、というエピソードがある。政治家の果断を語る時、よく持ち出される話だ。<br /><br />仮にこの話が本当だとするなら、たしかにチャーチルの一種<b>化け物的な果断</b>の証明にはなるかもしれない。しかし、ひ弱な私は、その犠牲にされる都市の住人でいたいとは思わない。大局の中で生贄にされてもしかたない、という崇高な意識を持つことなど、私には荷が重すぎる。<br /><br />さて、私たちが日本のかじ取りを託している現在の政治家たちは、まことにまことに凡庸である。そして、それは私たち、というと語弊があるかもしれないので、私という個人の資格で言うが、私がまことにまことに凡庸であるのと同様である。そして私は、果断よりも凡庸である方がまだしもいいと考えている。とはいっても、その「<b>まだしもいい</b>」には、非常に重要な条件がついている。なにかといえば、<b>みずからの凡庸をきっちり認知する</b>というのが、それだ。<br />自分は優秀で頭がいいとか、ちゃんとヴィジョンがあるとか、最善の道を実現する能力があるとか、そういった<b>自尊心</b>（あえてうぬぼれとは言わないが）を捨てきってことにあたってもらいたいのである。<br /><br />なぜそんなことを言うのかといえば、3・11で被災した人たちが求めているのは、自分たちが何を望んでいるのかについて、虚心坦懐耳を傾けてくれる為政者だと感じるからである。自分勝手に「<b>よかれと思って</b>」の施策を押しつけるのではなく、どんなささいな事柄であっても厭わず聞く態度こそが、本当は大震災以降、もっとも必要とされていた「<b>政治</b>」だったはずなのだ。<br /><br />だが、今まで行われてきたことはすべて正反対。一般民衆は愚かであるのだから、パニックを起こさぬよう恐怖心を呼び覚ますような情報はすべて隠しておけ、といった類いの信じがたい傲慢。いや、傲慢などではなくて、単に彼らもまた恐怖で麻痺していて、単に事態が小さいものであることを祈りたい「希望的観測」にひたされていただけかもしれないが、とにかく、凡庸であることを認知せず、うろたえているくせに自分の才覚で何かができるのではないかという幻想によって自分自身をだましている政治家。そうした彼らが、それでもまだ果断よりはマシだと考えるのは、人間性に対する私の視点が、それこそ希望的観測によって曇らされているから、かもしれないのだが。<br /><br />そもそも、膨大な数の被災者の声にいちいち耳を傾けることなど不可能だし、それぞれの立場によって利害が相反することなどいくらでもあるのだから、やはり大局に立つ政治判断が必要なのだ、という意見が大勢を占めるだろうことは、想像に難くない。<br />さらに言うなら、凡庸な政治家に被災者の声を聞く能力などあるものか、果断で才能ある人間こそ、人々の声をしっかり吸いあげられるに決まっているじゃないか、という意見も、これまた大勢を占めるだろう。<br /><br />だが、どんなに叡智にあふれた人間も、かならず愚かであるという風にしか思えない私は、いや、言い方が不充分だ、みずからが愚かであるという認識以外に叡智というものの発露はありえないと考えている疑い深い私は、人間が発揮する才能などというものにそれほどの信をおいてはいけないと思っているのである。<br /><br />そうして凡庸の側に立つ以上、即決などという道はありえない。もちろん、収束などという状態には程遠い福島第一の建物補強といった事柄には、すぐさま手を打っていかなければならないのは当然なのだが、そうしたことは果断でなくとも、ごく自然な「危険回避の本能」さえ持っている人間であればすみやかな対処が可能である。もしそういう対処ができていないのであれば、それは物が飛んできてもよけたり防御したりすることすらできない、生き物としての最低条件を満たしていないことになるだろう。<br /><br />大切なのは、「感情」に寄り添うということなのだ。感情に寄り添えないヴィジョンは、結果的には暗い道筋を指し示すことになる気がして仕方がないのである。2・26事件を道標とする、あの頃の暗い道筋がそうであったように。<br />あの時にも、自分なりのヴィジョンを持ち、真剣に施策に取り組んだ政治家や官僚はちゃんと存在したはずだ。だが、歴史が蹉跌の道筋を歩んだのは、誰ひとりとして苦しむ人の感情に寄り添った者が、少なくとも為政者の側にはいなかったからではないか、と思えてならないのである。<br /><br />今、被災した多くの人たちは、その受忍能力の限りを尽くして我慢している。感情が叫びだすのを、かろうじて抑えながら。しかし、人間なのだ。我慢にも限界はある。その限界がおとずれた時、爆発をするのならまだしもいい。一気に感情が死滅するようなことになったとしたら、私たちの前途に待つ歴史の姿は、まちがいなくおぞましいものになるだろう。<br /><br />だから、私は心からわが同胞たる凡庸なる為政者・官僚諸氏、そして電力会社首脳にお願いしたいのだ。顔をそむけて聞こえないふりをするのはやめて、おのれの無力に打ちひしがれ絶望しながら、被災した人々と思考と感情を共有してもらいたいのだ。私同様、想像力に乏しいあなた方なのだから、難題であることは百も承知である。それでも、顔をそむけたヴィジョンより、その方がはるかに救いになるだろう。そして、分岐点はもうまったなしの近くに迫っている。逃してはならない「<b>時機</b>」は、すぐそこに迫っている。]]></content:encoded><dc:subject /><dc:date>2012-04-12T10:00:29+09:00</dc:date><dc:creator></dc:creator><dc:publisher>Blog</dc:publisher><dc:rights></dc:rights></item></rdf:RDF>
