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二つの椅子が一つになった。(橋下アンケートをめぐって)
「立春」を過ぎても、まだ底冷えする陽気が続いていて気分はあまり冴えない。そんな気分にさらに追い打ちをかけるような文書を、目にしてしまった。大阪市長・橋下徹氏が、市長の業務命令として市職員に回答することを強制した記名アンケートがそれだ。2月9日付けのその文書の正確な名称は、「労使関係に関する職員アンケート調査」となっている。

橋下氏の言によれば、「市の職員による違法ないし不適切と思われる政治活動、組合活動などについて、次々に問題が露呈して」いるので、「徹底した調査・実態解明を」行い「膿を出しきりたい」、ということなのだそうである。そして、業務命令である以上、「全職員に、真実を正確に回答して」もらわねばならないし、もしも「正確な回答がなされない場合には処分の対象となりえる」、とも書かれている。見事に恫喝的な文章である。

さらに、ダメ押しのごとく、「仮に、このアンケートへの回答で、自らの違法行為について、真実を報告した場合、懲戒処分の標準的な量定を軽減し、特に悪質な事案を除いて免職とすることは」ない、とも通告している。
ということは、特に悪質という判断を市長が下せば、当該職員は懲戒免職になる可能性がある、という読み方もできる。しかも、この文章のスゴいところは、「真実を報告した場合」という条件をつけているところだ。

「真実」という概念の哲学的不確定性、というような、おそらく橋下氏なら「大学ののんきなバカ教員が言うような」と形容するだろう(いや、これは単なる憶測ですよ、もちろん)コトを言いたいのではない。もっと単純に、ここでの「真実」というのは、いうまでもなく橋下市長が気に入る「真実」なのだということ、そして、そういう真実がほしいのだ、と大胆に宣言している点に、市長一個人の思考回路を超えた世の趨勢を見るような気がして慄然とするのである。

が、そのことについて語る前に、アンケートの内容について、もう少し触れておこう。

記名式アンケートであることはすでに述べたが、名前を記入したあとも細かく職員番号や所属部署・職種に関する質問がある。
それがすむと、市役所の組合活動への参加経験の有無、自由意志での参加か誘った人がいるのか、誘った人は誰か、場所はどこか、時間はいつか、とくる。
そして、本題。この二年間で特定の政治家を応援する活動をしたことはあるか、それは自由意志か、誘った人がいるか、組合や職場関係者の要請があったか、知人・親戚の情報を特定の候補者の陣営に提供する「紹介カード」を提出したか、といった質問。
念の入ったことに、誘ったり要請をした人を言いたくない場合は、無記名で通報窓口に知らせるのも可、とまで書かれている。実に用意周到。かゆいところに手が届く、というようなレベルではなく、水も洩らさぬ態勢とでもいうべきか。
その他にも、縁故採用の有無や組合に所属するメリットについての質問項目もあって、市長のめざすターゲットがどの方面にあるのかを、如実に示してくれている。

いうまでもなく、公務員は地方公務員法第36条にある「政治的行為の制限」によって、選挙に関わることへの制限が規定されている。したがって、それに抵触すれば、あるいは、地方公務員法でなくとも公職選挙法に抵触すれば、当然処分の対象になる。橋下氏が、大阪「市の職員による違法ないし不適切と思われる」活動が「次々に露呈」と述べているのは、こうした法律への違反が目立つ、ということだろう。

であるならば、これは橋下氏が得意とする法律問題であり、粛々と司法に訴えて解決すべき問題であるはずだ。しかし、このアンケートは、どう見てもその範疇を逸脱している。どちらかといえば、犯罪をあぶりだすための捜査、あるいはいわゆる予防的観点からの内偵といった風情が色濃い。そういう点では、市長は、公安警察というと言い過ぎかもしれないが、一種公安調査庁的色彩を帯びた調査をやろうとしているように感じられる。

そうしたことが市長の権限の中に含まれうるものであるのかどうかについては、私には知識がないし、正直よくわからないというほかない。しかし、個人的な感覚で表現するなら、たったひと言で済む。
「キモチ悪い」。
さらに重ねるなら、「気味が悪い」。

自分の側に立つのか立たないのか、という踏み絵を「真実」という語で強権的に他者に強制する、という点からいえば、これはまちがいなく独裁者的手法というべきだろう。実際、このアンケートを眺めた瞬間に私が思い浮かべたのは、毛沢東による文化大革命の号令や、毛沢東「思想」に強い影響を受けたポル・ポトの事例だった。
しかし、すぐにそれだけではないと思い返す。独裁的手法だけで説明できる事柄ではない気がしたのである。橋下氏個人を超えたなにかがある、と書いたのはそのせいだ。
そのことについて思いをいたすために、さらに迂回したい。

開高健の作品に、『ロマネ・コンティ・一九三五年』という短篇集がある。その冒頭に置かれた一篇「玉、砕ける」は、中国の二十世紀を代表する文学者・老舎の死をめぐる物語だ。
作者を思わせる話者「私」は、外国での「数ヶ月の浮遊」を切り上げ日本に帰国しようとしている。その途次、香港に寄り道をする。旧知のジャーナリスト張立人に会って、中国の状況(時代背景は、1966年。文化大革命の初期である)などについて雑談するために。

「最近数年間、会えばきっと話になるけれどけっして解決を見ない話題がある。それは東京では冗談か世迷言と聞かれそうだが、ここでは痛切な主題である。白か黒か。右か左か。有か無か。あれかこれか。どちらか一つを選べ。選ばなければ殺す。しかも沈黙していることはならぬといわれて、どちらも選びたくなかった場合、どういって切りぬけたらよいかという問題である。二つの椅子があってどちらかにすわるがいい。どちらにすわってもいいが、二つの椅子のあいだにたつことはならぬというわけである。しかも相手は二つの椅子があるとほのめかしてはいるけれど、はじめから一つの椅子にすわることしか期待していない気配であって、もう一つの椅子を選んだらとたんに『シャアパ(殺せ)!』『ターパ(打て)!』『タータオ(打倒)!』と叫びだすとわかっている。こんな場合にどちらの椅子にもすわらずに、しかも少なくともその場だけは相手を満足させる返答をしてまぬがれるとしたら、どんな返答をしたらいいのだろうか。史上にそういう例があるのではないだろうか。数千年の治乱興亡にみちみちた中国史には、きっと何か、もだえぬいたあげく英知を発揮したものがいるのではないか。何かそんな例はないものか。名句はないものか。」

「私」も張も、この問いの前でずっと立ちすくんでいる。
ただ、老舎が文学代表団の団長として日本を訪れ、帰路香港に立ち寄った時のエピソードに、「私」は「強烈な暗示を受けたような」思いにとらわれる。
その折、張は老舎にインタビューをした。しかし、「革命後の知識人の生活はどう」なのかと「しつこくたずねた」が、「そのたびにはぐらかされた。」「張は、老舎はもう作家として衰退してしまったのではないかとさえ考えはじめ」る。

だが、突然老舎は田舎料理の話をはじめる。それも、三時間にわたって微に入り細をうがって、「重慶か、成都か」、どこかその近くの古い町で何百年もの間火を絶やしたことのない巨大な鉄釜で作られ続けている汁物の描写をしたのである。「何を煮るか、どんな泡が立つか、汁はどんな味がするか、一人あたり何杯ぐらい食べられるものか、徹底的に、三時間にわたって、微細、生彩をきわめて語り、語り終わると部屋に消えた。」

このエピソードを張から聞いて、「私は剣の一閃を見るような思いにうたれ」る。「二つの椅子のあいだには抜道がないわけではないが、そのけわしさには息を呑まされるものがあるらしかった。イギリス人はこのことを“Between devils and deep blue sea”(悪魔と青い深海のあいだ)と呼んでいるのではなかったか?・・・・・・」

だが、老舎は死んでしまった。張が、「私」にそう伝える。
「北京で老舎が死んだという。紅衛兵の子供たちによってたかって殴り殺されたのだという説がある。いや、それを嫌って自宅の二階の窓からとびおりたのだという説もある。もう一つの説では川に投身自殺したのだともいう。」
「『なぜです?』/『わからない』/『なぜ批判されたんです?』/『わからない』/『最近どんなものを書いていたんです?』/『読んでない。わからない』/『・・・・・・・・・』/ ふるえそうになって張を見ると、いまにも落涙しそうになって、やせこけた肩をつっぱっている。」「眼を赤くして、迷い子のようにたちすくんでうなだれている。」
このあと、「私」は張と別れ、飛行機に乗り込む。「玉、砕ける」というこの小説のタイトルは、このあとのラストシーンに由来するのだが、その説明はここではしないでおく。

文化大革命が轟音をたてて動きはじめたその瞬間に、あえなく下敷きになって命を失った一人の作家の運命(老舎が、若い紅衛兵につるしあげられ入水自殺を遂げたのは事実である)を描いて、間然するところのない一篇であるこの作品そのものについて、細かく批評したりするのは、もちろんここでは控えておくが、一点指摘したいのは、この作品の中にはまだ二つ椅子がある、ということなのである。

老舎が坐ることを肯んじえなかった椅子は、たとえそれが毛沢東という独裁者が、みずからの失地回復のためにひねりだしたアイデアであったにせよ、「思想」という枠組を与えられていた。それゆえにこそ、それは若者たちの「狂信」の糧ともなるものだった。
そして、その「思想」および「狂信」は、排除すべき対立者を、語弊を恐れずに言えば、きわめてロマンティックに狩り立て殲滅しようとする。それは、有史以来のさまざまな宗教対立や思想対立の中で、何度となく繰り返されてきた運動だ。善と悪、正と邪、光と闇といった二項対立の闘い。二つの椅子の片方は、激しいエクスタシーをもって排撃されねばならないのである。

だが、橋下氏の文書を目にした時私が感じた「気味の悪さ」は、たぶんそこに対立が存在しなかったからなのだ。悪魔を殲滅する情熱、別名「思想」というものは見当たらず、あるのは「ゲームの正しい規則に従いなさい」という命題だけだったのである。
というより、「私が使用している規則以外に正しいものはないのだから、それを使わない人は存在していないということになります」、という言明といった方がいいだろうか。

異なった思想、異なった言葉を邪悪として、坐ってはいけない椅子として「タータオ(打倒)」しようとするのは、古来なじみの情熱である。理解しようと試み、折伏しようとして失敗し、わからないことに悶え、ルサンチマンを抱え、異質なものへの憎悪に燃え、そして時に愛や憧憬もまじりあう、悲惨だが手触りのある世界だ。

しかし、もう椅子は一つになったようなのである。ある一定の音域に設定されたゲームの規則。それ以外の音域は、まったく聞き取れない人たちが、どうも私たちの世界の指導者として広く受け入れられつつあるようだ、というのが、今の私の実感なのである。
橋下氏もそうだが、小泉純一郎元首相もそういった傾向を持った指導者だったように思えるし、ブッシュ元大統領も、あるいはサルコジ大統領も、だれそれもかれそれも・・・・・・。

「え? だって、それが正しくて、それ以外はありえないわけでしょ。ないことに意識をふりむけるなんて、そんなバカげたことしませんよ」
そんなのっぺりした明快さが、新しい指導者たちの持ち味らしい。
「独裁? いいたい人は、勝手に言ってればいいんです。他の椅子とか、椅子と椅子のあいだとか、そういうありえないことに頭を使うのはやめましょう。」

しかも、多くの人々が、その種の明快さを支持しつつあるとも見えて、またしても「気味が悪くなる」。二十世紀の後半から、徐々に社会システムがうまく機能しなくなってきて、いよいよ断末魔的様相を呈しはじめた日本の状況に、深い疲労を覚えている人が増えたからだ、という見方もできるかもしれない。しかし、のっぺりした明快なゲームの規則を支持すれば、きっとやがては弊害が自分たちにはねかえってくる。そうは思わないのだろうか? いや、わかっているのだ。わかっていながら、それでもなお、嫌気からの解放を一時でも求めて、耳をふさぐのではないか。「え? 椅子はひとつで充分ですよ。面倒くさくないのが一番。」

情熱的二項対立の恐怖がいい、などとは、もちろん、口が裂けても言えない。しかし、のっぺりした明快さ。ゲームの規則に従わない者を説得もせず、憎みもせず、ただゲーム盤から締めだしていく単純さ。そのキモチの悪さというものにも、身の毛がよだってしまうのである。
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